他社が作ったシステムを引き継ぐときに確認すること、調査に入る前に押さえる項目
「他社が作ったシステムを、うちで引き継いでもらえますか」。こういう相談を受けると、私たちはまず「いま手元に何があるか」を聞きます。設計書のPDF、当時の納品メール、サーバーにログインできる人の名前。何もない、という答えも珍しくありません。それでも調査は始められます。ただ、調査の前に発注側で押さえておいてもらえると、見積もりも作業の順番もかなり変わります。
この記事は、開発会社や今の保守会社とまだ話ができる状態で、自社や新しい会社にシステムを引き継ぐ・調べてもらう前に確認しておきたい項目の話です。契約の満了日から逆算する進め方は保守移管の記事に、連絡が取れなくなってからの最初の一手は別の記事に書いてあるので、ここでは繰り返しません。読んでいただきたいのは、エンジニアではないけれど引き継ぎの段取りを任された発注担当や情シス、経営層の方です。
資料がそろっていなくても、調べる前にやることがある
引き継ぎの相談でよくある誤解は、「設計書とソースコードがそろってから調査を頼めばいい」というものです。実際には、資料が薄い案件ほど、先に「どこに何があるか」を発注側で洗い出しておくほうがうまくいきます。サーバーは誰の名義か、ドメインの更新案内はどこに届くか、夜間に動いている処理はあるか。こうしたことは、外からシステムを見ただけではわかりません。社内の契約書や支払い履歴、当時の担当者の記憶のほうに残っていることが多いからです。
IPA(情報処理推進機構)の「情報システム・モデル取引・契約書」は、長年運用してきたシステムを再構築する場面について、ドキュメントが散逸していることや、改良が資料に反映されず「動いているシステム」と設計書・ソースコードが食い違っていることが少なくない、と指摘しています。そのうえで、要件定義に入る前に現行システムの調査を行い、仕様を明らかにする必要があると注意を促しています(IPA 情報システム・モデル取引・契約書(第二版))。再構築だけでなく、保守の引き継ぎでも同じことが起きます。手元の資料を鵜呑みにせず、調査の前に「いま動いているもの」の輪郭を自分たちで書き出す必要がある、ということです。
確認しておくと調査が進みやすい8つの項目
下に挙げるのは、私たちが調査に入る前に、発注側に確認をお願いしている項目です。全部そろっていなくても構いません。「わからない」「ない」と書いてあるだけでも、調査の範囲が決まります。困るのは、あるのかないのかが曖昧なまま始まることです。
1. 実行環境はどこで、誰の名義か
本番のサーバーやクラウドは、自社の契約ですか。それとも開発会社・保守会社の名義ですか。レンタルサーバーの管理画面、クラウドの請求先メール、SSL証明書の更新案内がどこに届くかを見れば、だいたいわかります。
名義が他社のままだと、調査用の読み取り権限を出す段階で相手の協力が必要になります。移管そのものより先に、契約の移し替えやアカウントの発行を動かす必要が出ることもあります。ここは技術より手続きの話なので、調査会社に任せきりにはできません。
2. ソースコードは、本番と同じものが手元にあるか
納品時のZIPやGitのリポジトリがあっても、それが本番で動いているものと一致しているとは限りません。サーバー上で直接直した修正が、手元のファイルに戻っていないことはよくあります。
手元にあるものが「いつ時点のものか」「本番と突き合わせたことがあるか」をメモしておいてください。ない、または古いとわかっていれば、調査側は本番から回収する前提で見積もれます。IPAのモデル契約の解説でも、著作権が開発会社に残る案を基本としつつ、ソースコードや付帯資料の開示・交付を受けるには納入物にソースコードを明記するなどの対応が必要だと整理されています(同・第二版)。権利の話と、実際に最新のソースがあるかどうかは別問題です。
3. データとデータベースの置き場所
顧客情報、受注データ、在庫、会員のログイン情報。どこに入り、誰がバックアップを取っているか。データベースの管理画面や接続先が、社内の誰かの手元にしかないこともあります。
個人データを扱うシステムなら、引き継ぎは取扱いを委託する相手の切り替えにもなります。委託先の監督については個人情報保護委員会のガイドラインがありますが、ここでは「どこに何のデータがあるか」を先に書き出す、という実務の話に留めます。調査の見積もりにも、個人データの扱い方は影響します。
4. 外部サービスとのつながり
決済、メール配信、地図、ログイン連携、帳票、ストレージ。画面の裏側で外部のサービスにつながっているシステムは多いです。管理画面のURL、契約名義、APIキーの保管場所、料金の請求先を一覧にできると助かります。
ここが見えないまま調査に入ると、「なぜこの処理だけ動くのか」が後から判明して手戻りになります。キーそのものをメールで送る必要はありません。場所と名義がわかれば十分です。
5. ドメイン、DNS、証明書、メール
サイトの住所にあたるドメインと、名前解決のDNS、HTTPSの証明書、システムから送るメールの設定。止まると一気に気づかれる箇所です。更新日と名義、管理画面に入れる人を確認してください。
開発会社の個人アカウントでドメインを取っているケースもあります。引き継ぎの話が進む前に、自社で管理できる状態かどうかを見ておくと安心です。
6. 定期的に動く処理
夜間の締め、月次の請求、年に一度の集計。画面を触っているだけでは見えない処理です。サーバーの定期実行の設定や、クラウドのスケジューラに残っていることが多いのですが、発注側でも「月末に必ず動くもの」「年1回しか動かないもの」を業務側から書き出せると、調査の抜けを減らせます。
年1回のものほど見落としやすい、というのが私たちの実感です。並行して動かす期間を取るなら、その処理が一度は回るタイミングを意識してください。
7. バックアップの場所と、戻したことがあるか
バックアップは「取っている」だけでは足りません。どこに、どの周期で、誰が、戻したことはあるか。取っているつもりでも、失敗し続けている設定や、戻す手順が誰も知らない状態は珍しくありません。
調査の前に、最新のバックアップがいつのものかだけでも確認しておくと、万一のときの判断が早くなります。戻せないバックアップは、あるのと同じではありません。
8. 言語やミドルウェアのサポート期限
PHP、フレームワーク、データベース、OS。それぞれにサポートが終わる日があります。詳細な更新手順はこの記事では扱いませんが、「いま何が動いていて、サポートの内側か外側か」は、引き継ぎの優先順位を決める材料になります。サポート切れのまま放置した場合のリスクは別の記事に書いてあります。バージョンがわからなくても、「調べてほしい」と調査の依頼に書いておけば大丈夫です。
資料より先に、人に聞くこと
技術の調査では回収しにくいものが二つあります。過去の障害の経緯と、いま保留になっている改修・不具合の一覧です。当時の担当者や、現場でシステムを使っている人の記憶にしか残っていないことが多い。
引き継ぎを決めた段階で、社内の関係者に一度ヒアリングの時間を取ってください。「この画面だけ毎月おかしい」「この帳票は手作業で直している」といった話は、設計書には出てこない一方で、保守の見積もりを大きく左右します。アカウントや接続用の鍵の棚卸しは別途必要ですが、やり方はアカウント棚卸しの記事に譲ります。
「著作権が向こうにある」で止まらなくてよいことが多い
引き継ぎの相談でよく出るのが、「著作権が開発会社にあるから、他社に保守を頼めないのでは」という心配です。IPAのモデル契約の解説では、著作権を持たないユーザーでも、別の会社に保守運用を委託することは可能だという整理が書かれています(同・第二版)。もちろん個別の契約の書き方しだいなので、条文の読み方で意見が分かれそうなら法律の専門家に相談してください。私たちが現場で言えるのは、「権利が向こうにあるから最初から諦める」必要はない、ということです。
確認が進んだら、調査に渡すメモの書き方
きれいにまとめる必要はありません。次のようなメモが一枚あるだけで、調査の初回打合せが変わります。
・本番環境: (例)クラウドA、契約名義は自社/旧開発会社
・管理画面に入れる人: ○○(情シス)、△△(元担当・退職済み)
・ソース: 手元に2019年納品のZIPあり。本番との一致は未確認
・外部サービス: 決済B、メール配信C(いずれも自社名義)
・バッチ: 毎月1日の請求確定、毎年4月の年次集計
・バックアップ: 毎日取得の予定。直近で戻したことはない
・気になっている不具合: 管理画面の検索が月末だけ遅い
・調べてほしいこと: 保守できるか、改修のしやすさ、急ぎの更新の要否
「ない」「わからない」も書いてください。空白より、ないことが分かっているほうが次の手が決まります。
おわりに
他社が作ったシステムを引き継ぐとき、最初に必要なのは高度な技術の判断ではありません。実行環境、ソース、データ、外部サービス、名義、定期処理、バックアップ、サポートの期限。この輪郭を発注側で一度書き出してから調査に入ると、見積もりも作業の順番も現実に近づきます。資料が薄くても、調査そのものは始められます。薄さごと見えるようにしておくことが大事です。
ディレクターズ・リベロでは、他社が開発・保守してきたシステムの実行環境の調査・解析、仕様や運用資料の整備、保守への移行から改修までを行っています。調査だけのご依頼も受けています。「何が手元にあるかわからない」「まず見てもらってから決めたい」という段階でも構いません。詳しくはシステム引き継ぎ・保守のページをご覧いただくか、info@directorz-libero.co.jp までご連絡ください。